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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)68号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本願発明の要旨)、同三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1(一) 成立に争いのない甲第二号証によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成、作用効果は次のとおりであることが認められる。

(1) 本願発明は、ワイヤカツト放電加工用の電極として被加工物との間の微小間隙に繰返パルス放電を行う電極線を用いたワイヤカツト放電加工に関するものであつて(本願発明の出願公告公報第一欄第二八行ないし第三一行)、在来のワイヤカツト放電加工は、電極線を一方のリールから他方のリールに張力をかけながら移動させて巻取りを行い、移動する右電極線に対し被加工物の加工面を合致するよう変化させ、加工液を供給しつつパルス放電を行つて放電加工により所定の加工形状を形成していたが、張力制御、線の延伸、横ぶれ又はたるみ若しくは切断などに注意しなければ良質な加工が得られない欠点があつた(同公報第一欄第三二行ないし第二欄第三行)との知見に基づき、これらの欠点を改良し、作業性、安定性又は正確な精度を得られやすい電極線を用いた加工装置を提供することを目的とする(同公報第二欄第三行ないし第六行)。

(2) 本願発明は、前記目的を達成するため、本願発明の要旨とする構成、特に通電性は劣るが強度及び抗張力が大で曲撓性のある(同公報第二欄第三一行ないし第三四行)「鉄を基礎成分とした線を芯線とし、該芯線に通電性良好な金属の被覆層を形成した電極線を用いたこと」を必須の構成要件とする構成を採用した。

(3) 本願発明は、前記構成を採用したことによつて、基材の抗張力が銅に比し鉄が大であるから、張力を増加し得るし、断線がなくなり、また、巻取り、送出しをする際の線のねじれも極めて少なくなり、これらの面から得られる放電加工作業の安定性ひいては加工精度の向上も大きい(同公報第三欄第三七行ないし第四欄第五行)という作用効果を奏するものである。

(二) 成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例記載の発明の技術的課題(目的)、構成、作用効果は次のとおりであることが認められる。

(1) 第一引用例記載の発明は、放電加工装置に使用される電極構造の改良に関するものであつて(第五〇五頁左下欄第九行、第一〇行)、放電加工用の例えばワイヤカツト放電加工機においては、電極として例えば線状の電極を備えるとともに、この電極線を徐々に巻取りながら被加工材との間に放電を発生させ所望の外形を有する貫通孔を得るものであるが、この場合電極線は放電弧を可及的に小としてより精密な加工が行えるように細線とすることが望ましいところ、従来から一般的に用いられている銅、鉄などの電極線では機械的特性、特に抗張力が低下し、加工装置の引張力に耐えられず破折するに至る。そこで、細線であつても、抗張力の極めて高いタングステン、モリブデンなどの金属線が電極として使用されるようになつたが、この電極線に対して被加工材がニツケル、鉄、アルミニウムなどであつた場合、右金属からの溶射によつてタングステン、モリブデンの表面が局部的に汚染され、このため強度が著しく劣化して曲げ加工性が低下し、直角曲げ、あるいはプーリによる巻取りが不可能となる欠点を有していた(同頁左下欄第一四行ないし右下欄第一五行及び第二〇行)との知見に基づき右欠点を除去し強度の劣化することがない放電加工機用電極を提供することを目的とする(同頁右下欄第一六行及び第五〇六頁左上欄第一行、第二行)。

(2) 第一引用例記載の発明は、前記目的を達成するため、特許請求の範囲に記載の「タングステン、モリブデンなどの難溶性金属線を基体とし、この基体表面に、めつきまたは機械的手段により異種金属を被覆させたことを特徴とする放電加工機用電極」(第五〇五頁左下欄第四行ないし第七行)という構成を採用したものであつて、第一引用例にその実施例として、<1> 線状タングステンから成る電極1の基体2表面に異種金属3としてニツケル、金、銀、銅などで被覆したもの(別紙図面(二)第2図参照)、<2> モリブデンから成る電極の基体に異種金属として銅、ニツケル、白金、アルミニウムなどで被覆したもの(第五〇六頁左上欄第三行ないし第一八行)が示されている(なお、金、銀、銅又はアルミニウムが通電性良好な金属であることが本件出願前周知であつたことは当事者間に争いがない。)。

(3) 第一引用例記載の発明は、前記構成を採用したことにより、放電加工時に発生する被加工材からの溶射金属が電極の表面だけにとどまるため、直接基体に接触してこれを汚染することがないので基体の機械的特性を損なうことが防止され、曲げ加工性を良好に保持できる(同頁左下欄第四行ないし第八行)という作用効果を奏するものである。

2 そこで、本願発明と第一引用例記載の発明の技術的課題及び技術的思想について検討すると、本願発明は従来のワイヤカツト放電加工用電極線における張力制御、線の延伸、横ぶれ又はたるみ若しくは切断などに注意しなければ良質な加工が得られない欠点を改良して、作業性、安定性又は正確な精度を得られやすい電極線を用いた加工装置を提供することを技術的課題とし、これを解決するために、通電性は劣るが強度及び抗張力が大で曲撓性のある鉄を基礎成分とした線を芯線とし、この芯線の通電性を補うために該芯線に通電性良好な金属の被覆層を形成したものであるのに対し、第一引用例記載の発明は、銅、鉄などは電極線としての機械的特性が劣り、特に抗張力が低下し破折するのでワイヤカツト放電加工用電極線に適しないことを前提として、タングステン、モリブデンを基体(本願発明の「芯線」に相当する。)に用いてニツケル、鉄、アルミニウムなどの被加工材を加工すると、基体の表面が被加工材からの溶射によつて汚染され、強度が劣化することを防止し、強度の劣化することがない放電加工機用電極を提供することを技術的課題とし、これを解決するためにタングステン、モリブデンなどの基体に通電性良好な異種金属の被覆層を形成したものであつて、両者はその技術的課題及び技術的思想を異にすることが明らかである。

被告は、第一引用例記載の発明を実用的な一個の装置として具体化するためには、被覆層を通電性良好なもので形成することは設計上不可欠のことであるから、通電性の程度に違いはあつても、第一引用例には被覆層を通電性良好なもので形成するという考えが自明の設計思想として内在していることは明白である旨主張する。

しかしながら、本願発明において被覆層を通電性良好な金属で形成するのは、第一引用例記載の発明における技術的課題とは別個の前記認定の技術的課題を達成するために、芯線を第一引用例記載の発明とは異なつた鉄を基礎成分とした線とし、この芯線の通電性を補うために採用されたものであつて、第一引用例記載の発明において、タングステン、モリブデンなどを基体(芯線)とし、この基体が被加工材からの溶射に対して汚染されることを防止するために異種金属を被覆するに際し設計上被覆層を通電性良好なものとすることとは技術的思想を異にするというべきである。

また、被告は、第一引用例記載の鉄のみから成る線は、本願発明の芯線と同様に鉄を基礎成分とした線であり、従来から一般に放電加工用電極線として用いられているものである旨主張する。

そこで、本願発明の要旨とする「鉄を基礎成分とした線」の技術的意義について検討すると、前掲甲第二号証によれば、本願明細書には、「芯は鉄線であるから強度は大であり、張力を大にすることができ、ねぢれ、振れは少ない。しかし導電性に欠点があり放電加工による通電に耐えない。」(本願発明の出願公告公報第二欄第三一行ないし第三四行)と記載され、実施例では、直径〇・一八mmの鉄線(炭素〇・一%JIS―SWRMI)(同公報第三欄第三行、第四行)が用いられ、さらに「他の応用実施例としては、鉄の炭素含有量を多くした鋼線、クロム系の鋼線、ステインレス鋼線その他の抗張力が大で曲撓性のある線を前記実施例の鉄線に代えて用い、同様の効果が得られた。」(同公報第四欄第六行ないし第九行)と記載されていることが認められるから、鉄を基礎成分とした線は主として鋼線、又はその他の抗張力が大で曲撓性のある線であることを要するものというべきである。

一方、前掲甲第三号証によれば、第一引用例には、「従来から一般的に用いられている銅、鉄などの電極線では機械的特性、特に抗張力が低下し、加工装置の引張力に耐えられず破折するにいたる。このため、細線であつても抗張力の極めて高いタングステン、モリブデンなどの金属線が電極として使用されるようになつてきた。」(第五〇五頁右下欄第二行ないし第七行)と記載されていることが認められ、また、純鉄と鉄の炭素含有量を多くした鋼線とは抗張力において相当の開きがあることは技術常識である(このことは、例えば、成立に争いのない甲第一一号証によれば、抗張強度(物質が張力を受けて破壊する際に物質に生ずる最大内力T)は鉄「鋳」〇・八~二・三、鉄「鍜」二・九~四・五であるのに対し、鉄「鋼」七・〇~一〇・八であると記載されていることが認められることからも明らかである。)から、第一引用例に従来技術として記載された鉄を用いた電極線は、抗張力の低い鉄のみから成る線、すなわち純鉄の線であつて、本願発明における鉄を基礎成分とした線に相当する抗張力を有する線は含まれないとみるのが妥当である。

もつとも、成立に争いのない乙第八号証によれば、「鉄鋼とは、鉄(Fe)と炭素(C)との合金で、その炭素の含有量によつて性質がいちじるしくちがい、(中略)炭素〇・〇三五%未満のものは鉄とよんでいる」(第七五頁第四行ないし第七行)と記載され、成立に争いのない乙第九号証によれば、表18・5「鋼線の種類と用途」中に「軟鋼線材」、「鉄線」、「鋼線(鉄線)」と表示され、鉄線と鋼線とを特に区別して用いていないことが認められるが、第一引用例は、従来技術の問題点として、鉄の電極線は抗張力が劣るというその性質を取り上げているのであつて、電極線の材料の呼び方を問題にしているのではないから、前掲乙第八号証及び乙第九号証に示されるように、鉄線と鋼線とを区別しないで用いられることがあるとしても、第一引用例に示された鉄のみから成る線が本願発明の鉄を基礎成分とした線に当たるということはできない。

右の点に関連して、被告は、第一引用例記載の鉄のみから成る電極線が鉄を基礎成分とした線であることは乙第二ないし第四号証の記載事項からも明らかである旨主張する。

成立に争いのない乙第二号証によれば、「5.3 切断用電極材料」の項に「放電切断には、断続電弧または移動電弧を使用する。これは放電波形、持続時間がいわゆる火花放電とは違うので、電極材料の選定も変わつてくる。(中略)安価という点から、黒皮付のままの鋼が多く用いられる。」(第一〇七頁末行ないし第一〇八頁表5.6下第三行)と記載され、また、成立に争いのない乙第三号証によれば、「1 放電切断機の概要(1)放電切断の機構<4>電極材質」の項に、「電極材質は円板、帯、線いずれの場合も軟鋼がよいが、ワーク材質が切断電流によつて着磁しやすい場合は、非磁性材料のステンレス、しんちゆうなどを用いる。とくに工具鋼の大きなワークの場合にはステンレス電極がよい。」(第八七頁右欄図3下第四行ないし第八八頁図4下左欄第一行)と記載されていることが認められる。しかしながら、右記載内容から明らかなように、これらの技術文献はワイヤカツト放電加工装置とは異なる放電切断装置に関するものである。すなわち、前掲乙第三号証によれば、放電切断装置は、帯電極を負極(-)とし、被加工体(ワーク)を正極(+)として、その間に帯電極に酸化被膜(絶縁被膜)を生成する加工液を注入し、帯電極とワークとを接近させることにより、右絶縁被膜を絶縁破壊させることによつて、又は、帯電極とワークとの接触、解離による摩擦によつて、接続時間の極めて短いアーク放電を生じさせ、このアーク放電の熱(数千度C)によつてワークを局部的に溶融させて切断を行う方式であることが認められるのに対し、前掲甲第二号証によれば、本願発明のワイヤカツト放電加工は、ワイヤ電極線と被加工体を微小間隔に保持し、ワイヤ電極線と被加工体との間にパルス電流を通電するとともに加工液を供給してパルス放電を発生させ、このパルス放電によつて被加工体が所定の加工形状になるように加工する方式であることが認められるから、放電切断加工とワイヤカツト放電加工とは加工原理を著しく異にするものである。したがつて、これらの技術文献に電極線として鋼を用いることが記載されていても、それは本願発明のワイヤカツト放電加工装置とは異なる装置に使用される電極線に関するものであるから、これをもつて、本件出願前ワイヤカツト放電加工用電極線として鉄を基礎成分とした線が用いられていたということはできない。

また、成立に争いのない乙第四号証によれば、右技術文献には、ワイヤカツト放電加工用電極線としてスチールを用いることが記載されているが、右技術文献は本件出願日である昭和五一年一二月二五日よりかなり後の昭和五九年六月一日に発行されたものであることが認められるから、本件出願当時の技術水準を示すものでないことが明らかであつて、そこにスチールの電極線を用いることが記載されていても、これをもつて本件出願当時当業者が第一引用例に従来技術として示された鉄のみから成る電極線をスチールの電極線と認識し得るとは到底認めることができない。

そして、ほかに第一引用例にワイヤカツト放電加工用電極線として示された鉄のみから成る線が本願発明のような鉄を基礎成分とした電極線であることを認めるに足りる証拠はない(成立に争いのない乙第一一号証によれば、昭和四七年特許出願公開第二〇七九七号公報には、ワイヤカツト放電加工用電極線として、「銅、アルミニユーム、鉄、タングステン又はそれらの合金の線から成る電極」(第五欄第一〇行ないし第一二行)と記載されていることが認められるが、鉄のみから成る線又は銅、アルミニユーム、鉄、タングステンの合金から成る線が鉄を基礎成分とする線と異なることは前記認定事実から明らかである。)。

したがつて、本願発明は第一引用例記載の発明とは異なる技術的課題を達成するために、本件出願前ワイヤカツト放電加工用電極線として用いられていなかつた、通電性は劣るが強度及び抗張力が大で曲撓性のある鉄を基礎成分とした線を芯線とし、該芯線の通電性を補うために通電性良好な金属の被覆層を形成するという第一引用例記載の発明とは異なる技術的思想を有するものというべきである。

3 成立に争いのない甲第四号証によれば、第二引用例は「電線技術資料一九六七」と題する技術文献であつて、その「裸電線の部」、「12 カツパープライ線」の項に、「カツパープライ線は強力鋼線または特別強力鋼線の周囲に銅を一様に電気めつきしたもので、銅被の厚さによつて導電率が二〇%、三〇%、四〇%の三種あります。これと硬鋼線または鋼合金線とを適当に組合わせた合成カツパープライより線は導電率および引張荷重を広範囲に選定することができます。」(第三三頁第二行ないし第五行)と記載され、かつカツパープライ線の主な用途が「架空動力線・付属品」、「通信線・付属品」、「電子工業用リード線」、「その他」に分類して具体的に(例えば、「その他」として、金網、釘、装飾品等)記載されており、また、第三四頁に「カツパープライ線銅被厚み」のグラフ(別表1参照)が示されており、さらに、「25. アルモウエルド線」の項に、「アルモウエルド線は(中略)高い引張強さを有する鋼心の周囲に純度の高いアルミを一様かつ完全に被覆したアルミ被覆鋼線であります。鋼線の強度とアルミ線の耐食性と導電性を併せ持つた線として、耐食性ACSR、長径間用電線、配電線等に最適であります。」(第六二頁第二行ないし第五行)と記載されていることが認められる。

ところで、前記2認定のとおり、本願発明のようなワイヤカツト放電加工は、ワイヤ電極線と被加工体を微小間隔に保持し、ワイヤ電極線と被加工体との間にパルス電流を通電するとともに加工液を供給してパルス放電を発生させ、このパルス放電によつて被加工体が所定の加工形状になるように加工する方式であるから、ワイヤカツト放電加工用電極線の資質は通電性の良好なものであることが望ましいが、右通電性は加工電流を通流させることができる程度のものであれば足り、それよりも安定した放電を行えるように、柔軟性に富み、曲がりやすく、適度の張力の付加によつて直線状に張架できる特性が強く要求されるのに対し、第二引用例記載のもののような電線の資質は、その用途からみて、機械的強度は架設時の張力や架設後の外力に耐えられる程度のもので足りるが、通電性は送電電力損失を最小にするためにかなり良好な特性が強く要求されるものであり、両者は要求される資質を異にし、それに伴い解決すべき技術的課題も当然に相違しているというべきであり、その結果、両者はその技術分野を異にするものというべきである。

したがつて、第二引用例に、鋼心線の周囲に、銅を一様に被覆したカツパープライ線、又はアルミニウムを一様に被覆したアルモウエルド線が示され、これによつて鋼心線の引張強さを高め、銅又はアルミニウムで通電性を良好にすることが記載され、かつ、その用途として、前述のような用途が具体的に記載されていたとしても、これらの電線に要求される資質とワイヤカツト放電加工用電極線に要求される資質との間に共通するものがなく、両者はその技術分野を異にするものであるから、第二引用例に記載された鉄を基礎成分とした線である鋼心線をワイヤカツト放電加工用電極線に転用し、これを第一引用例記載の発明における芯線であるタングステン、モリブデンなどに代えて採用することは当業者が容易に想到し得ることとはいえない。

4 前記審決の理由の要点によれば、審決は、「ワイヤカツト放電加工装置においては、加工条件に応じて電極線に所定の張力をかけ、ねじれ、振れを少なくし、かつ、電流密度を高くして効率よく電流を流すことが必要であるので、電極線にはなるべく抗張力が大で、かつ通電性の良好なものを用いることがよいことは周知の技術である。」と認定している。

しかしながら、前掲甲第三号証(第一引用例)を始め、本訴に提出された全証拠を検討しても、審決認定の点が本件出願前周知の技術であつたとは認められない。むしろ、前記1(一)認定のとおり、本願発明は、従来のワイヤカツト放電加工においては、電極線の張力制御、線の延伸、横ぶれ又はたるみ、若しくは切断などに注意しなければ良質な加工が得られない欠点があつたとの知見に基づいてこの欠点を改良することを技術的課題として、抗張力が大で柔軟で曲がりやすい鉄を基礎成分とした芯線に通電性良好な金属の被覆層を形成した新規な電極線を得たものであることが明らかである。

そして、本願発明は右構成を採用したことにより、前記1(一)認定のとおり、「張力を増加し得るし、断線がなくなり、また巻取り、送出しをする際の線のねじれも極めて少なくなり、これらの面から得られる放電加工作業の安定性ひいては加工精度の向上も大きい」という顕著な作用効果を奏するものであり、このような作用効果は、電極線の機械的特性の改善、特に抗張力を高めることを技術的課題とし、そのためにタングステン、モリブデン等の抗張力の高い線を芯線として採用した第一引用例記載の発明においては奏することができないものである。

被告は、本願明細書には、柔軟で曲がりやすい特性を兼備した電極線を得ることについて記載がなく、本願発明の作用効果は「強力で導電性のよい電極線を得る」との説示にとどまる、また、本願明細書には、鉄を基礎成分とした線が柔軟で曲がりやすい点について何のデータも示されてなく、しかも、その性質が線径によるのか材質によるのかが明らかでない上、曲がりやすさの尺度も客観的に明らかでない旨主張する。

しかしながら、本願明細書に芯線として、前記1(一)認定の強度及び抗張力が大で曲撓性のある(本願発明の出願公告公報第四欄第八行)鉄を基礎成分とした線を用いることが記載されていることは前記1(一)認定のとおりであり、また、本願発明の奏する作用効果が単に「強力で導電性のよい電極線を得る」ことに尽きるのではなく、前記認定の作用効果を奏し得ることも本願明細書の前記記載(同公報第三欄第三七行ないし第四欄第五行参照)から明らかである。そして、本願発明の要旨は、前述のとおり、電極線の芯線の成分を特定することにあるのではなく、電極線の芯線の材料とその被覆層の材料の選択にあり、それによつて抗張力が大で曲撓性のある線を得ようとするものであるから、電極線の芯線の成分が特定されていないとしても、鉄を基礎成分とした線が不明であるということにはならない。したがつて、被告の前記主張は理由がない。

5 以上のとおりであつて、本願発明と第一引用例記載の発明におけるワイヤカツト放電加工用電極線は、抗張力の大きい芯線にそれよりも通電性の良好な金属の被覆層を形成している点で共通した構成を有するけれども、本願発明の解決すべき技術的課題と第一引用例記載の発明において解決すべき技術的課題とは相違しており、その異なる技術的課題を解決するために本願発明は芯線を鉄を基礎成分とした線により構成したのに対し、第一引用例記載の発明では芯線をタングステン、モリブデンなどの抗張力の高い難溶性金属線により構成したもので、その結果両者はそれぞれ奏する作用効果を異にし、第一引用例記載の発明は本願発明における前記認定の作用効果を奏することができない。しかも、本願発明の解決すべき技術的課題も芯線として鉄を基礎成分とした線を用いることも周知の技術ではなく、本願発明において見いだされたものである。また、第二引用例には鋼心線の表面にそれよりも通電性の良好な金属の被覆層を形成して成る電線が示されているけれども、この電線は本願発明のワイヤカツト放電加工用電極線とは資質及び解決すべき技術的課題を異にし、その結果技術分野をも異にするものであり、第二引用例記載のものをワイヤカツト放電加工用電極線として用いる技術上の関連性が認められない。

そうであれば、第一引用例記載の発明において、本願発明の見いだした技術的課題を解決するために、ワイヤカツト放電加工用電極線の芯線として第二引用例記載のものを採用し、本願発明を得ることは当業者が容易に想到し得たものではない。

したがつて、「芯線を鉄を基礎成分とした線とし、その芯線の周囲に銅又はアルミニウムを被覆するという第二引用例に示された技術を第一引用例記載の発明に適用して、前記相違点に関する本願発明の構成である芯線を鉄を基礎成分とした線となす程度のことは当業者が格別発明的工夫を要することなく容易になし得たものと認める。」とした審決の判断は誤りであり、審決は右の誤つた判断を前提として本願発明は第一引用例記載の発明及び第二引用例記載のものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたとしたのであるから、違法として取り消されるべきである。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとする。

〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

ガイド間を所定の張力をかけて移動する電極線と被加工体との間に相対的加工送りを与えながらパルス放電を繰り返して加工するワイヤカツト放電加工装置において、前記電極線として、鉄を基礎成分とした線を芯線とし、該芯線に通電性良好な金属の被覆層を形成した電極線を用いたことを特徴とする改良された電極線を用いたワイヤカツト放電加工装置。(別紙図面(一)参照)

〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

別紙図面(一)

<省略>

別紙図面(二)

<省略>

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